「常識的に考えれば」が伝わらない。リーダーが気づかずに使う言葉の罠

「常識的に考えれば」が伝わらない。リーダーが気づかずに使う言葉の罠 IT現場あるある
おかかくん
おかかくん

先週、上司に「常識的に考えれば、そこはこうするでしょ」って言われたんだけど……正直、どうすればよかったのか、最後までわからなかった。

おにぎりさん
おにぎりさん

具体的に、何をどうしろということだったの?

おかかくん
おかかくん

それが説明がなくて。「常識的に考えれば」だけで終わって。

おにぎりさん
おにぎりさん

それだと、何を変えればいいかわからないよね。

おかかくん
おかかくん

その場はとりあえず「わかりました」って言ったけど、全然わかってなかった。

おにぎりさん
おにぎりさん

それが一番まずい状態かもしれない。

「常識」は、誰にとっての常識か

そもそも、「常識」とは誰の常識なのか。

職場でこの言葉が使われるとき、話し手は大抵「自分の常識」を、あたかも「みんなの常識」のように扱っている。でも、同じ職場にいる人間が同じ「常識」を持っているとは限らない。

たとえば、設計書の書き方がそうだ。

プロジェクト管理の経験が長いリーダーは、「設計書は詳細に書くのが当たり前」と考えている。要件の変化をトレースするためにも、レビューのためにも、引き継ぎのためにも、詳細な設計書は必要不可欠という感覚がある。

一方、実装側で長く経験を積んできたメンバーには、別の「当たり前」がある。「仕様は動くコードで証明するもの。書きすぎると変更コストが膨らむだけだ」という感覚だ。

どちらも間違っていない。それぞれの工程で培ってきた経験から来ている。でも同じプロジェクトに入ったとき、「設計書をどこまで書くか」について「常識的に考えれば」という言葉が出ると、すれ違いが始まる。

同じ会社、同じプロジェクト——でも指しているものがまったく違う、ということが起きる。

そもそも「常識」は存在するのか

「常識」という言葉は、まるで客観的な正解のように聞こえる。でも実際に問い直すと、「誰もが共有する常識」はどこにも存在しない。

あるのは、「特定のコミュニティの中で共有されている慣行」だ。業界の常識、会社の常識、チームの常識——それぞれ別物だ。さらにいえば、同じ会社でも入社した時期、担当してきた工程、前職の業界によって変わる。

「常識的に考えれば」という一言の正体を分解すると、こうなる。「私がこれまで属していた場所では、こうするのが当たり前だった」——これだけだ。

言葉としては「常識」と出てくる。でもその瞬間、違う経験を持つ相手には「なぜそうなのか」が何も伝わっていない。相手にとって唯一わかるのは、「自分の理解がどこかズレているらしい」という事実だけだ。

さらに厄介なのは、言った本人も自分の「常識」を言語化できていないことが多い、という点だ。長年の経験から体に染み込んだ判断基準は、「なぜそうするのか」を問われると意外と説明できない。説明できないから「常識的に考えれば」という言葉で処理してしまう。

発する側と受ける側のズレ

この構造が作るのは、「言った・聞いた」という記録だけが残って、実際には何も伝わっていない状態だ。

「常識的に考えれば」の意図と受け取りのギャップ

言った側の頭の中では「説明した」という感覚がある。でも受け取った側には「自分の感覚がおかしいのか」という萎縮が生まれやすい。

問題はここから先だ。受けた側は「わかりました」と言ったまま動き始める。当然、自分なりの解釈で動く。後になってミスが表面化したとき、「なんで確認しなかったんだ」という会話が始まる。でも受けた側は「確認が必要な状態だと気づかなかった」のだ。「常識的に考えれば」という言葉は、確認を必要とする状況を見えにくくする。

おにぎりさん
おにぎりさん

聞き返せない空気が一番まずい。部下が「わかりました」と言いながら、何もわかっていない状態で動き始める。

おかかくん
おかかくん

それでミスが起きると、なんで確認しなかったんだって話になるんだよね。

おにぎりさん
おにぎりさん

確認できる空気を作るのも、リーダーの仕事だと思う。

言い換えると何が変わるか

「常識的に考えれば」の代わりに使えるのは、具体的な根拠や基準を出す言葉だ。

「常識的に考えれば」の言い換えNG/OK対比

言い換えてみると気づくことがある。「常識」と言いたくなるとき、実は自分の中に具体的な基準があるのだ。それを言葉にしないまま「常識」という一言に押し込めてしまっているだけで。

先ほどの設計書の例で言えば、「常識的に考えれば設計書はこのレベルで」と言う代わりに、「このフェーズでは後工程のレビューがあるから、このレベルまで書いてほしい」と伝えると、受け取る側の動きが変わる。理由があれば、判断もできる。

そして、言い換えようとして言葉が出てこないとき——それはもう一つのサインだ。「自分が感覚で判断してきただけで、実は根拠を持っていなかった」ということかもしれない。「常識」を説明しようとする過程が、自分自身の判断基準を整理する機会になることがある。

言われた側はどうすればいいか

上司や先輩から「常識的に考えれば」と言われた側は、どう動けばいいのか。

反射的に「わかりました」と返すのは一番ラクだが、先ほど見てきたとおり、後で大きなズレを生む。では、どうするか。

一番シンプルなのは、確認の言葉を一つ挟むことだ。

「常識的に考えれば、そこはこうするでしょ」と言われたとき——「具体的にはどういうことでしょうか?」とそのまま聞く。責めているわけでも反論しているわけでもない。単純な確認だ。

もう少しやりやすい形にするなら、自分の解釈を言葉にして確認する方法もある。「つまり、〇〇という理解で進めてよいでしょうか?」と返すと、相手も「その理解でいい」か「そうじゃなくて…」かを答えやすくなる。

おかかくん
おかかくん

聞き返すのって、なんか失礼な気がして。

おにぎりさん
おにぎりさん

聞かれた側はほとんどの場合、気にしていない。むしろ「あ、説明が足りなかったか」と気づくきっかけになることの方が多い。

おかかくん
おかかくん

聞くことが相手の助けになることもあるんだ。

おにぎりさん
おにぎりさん

わからないままで動いて、後でズレが出るよりずっといい。

自分も言っていないか

おかかくん
おかかくん

……自分も使ってるかもしれない。

おにぎりさん
おにぎりさん

どういうとき?

おかかくん
おかかくん

部下が質問してきて、説明が面倒だなと思ったとき。「普通こうするよ」って言ってることがある気がする。

おにぎりさん
おにぎりさん

それ、正直に言えたね。「常識」という言葉は、説明を省くのに使いやすい。でも省いた分だけ、相手の理解が置いていかれる。

おかかくん
おかかくん

使うとラクなんだよな。

おにぎりさん
おにぎりさん

ラクな言葉ほど、相手には届いていないことが多い。

おかかくん
おかかくん

次に使いたくなったとき、一度止まって、「自分が言いたい常識の中身は何か」を考えてみる。

おにぎりさん
おにぎりさん

それだけで、ずいぶん変わると思う。


「常識的に考えれば」という言葉自体が悪いわけではない。ただ、その言葉の後ろに入っているはずの中身——なぜそうするのか、何を基準にしているのか——がないと、受け取った側には何も届かない。

使いたくなったとき、言われてわからなかったとき。どちらの場面でも、「中身は何か」を一度立ち止まって考えてみる。それだけで、伝わり方も、動き方も変わってくる。

使ってしまったことがある言葉や、言われて困った言葉があれば、コメントで教えてほしいです。

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