頑張っているのに評価されない話は、これまでにも書いてきました。今日はその裏側、評価されすぎて困った話です。
チームを崩すのは、いつもサボる人だとは限りません。むしろ一番優秀で、一番お客様に喜ばれていた担当者が、チームを一番危険にさらしていたことがあります。

お客様からの評価が高い人が、なんでチームを困らせるの? いいことのはずなのに……。

いいことのはずなんだよ。だからこそ、誰も止められなかった。今日はその話をしようか。
優秀な担当者Aさんが起こした、小さな「ここはこうしたい」
あるプロジェクトでのことです。時期はユーザー受け入れテストの少し前、単体テストが終わったころでした。
お客様が出来上がった画面を見て、ふと「ここはこうしたい」と口にしました。決して大きな要望ではありません。担当者のAさんは、その場で「それならすぐ直せます」と答え、実際にすぐ直しました。
Aさんの技術力なら難しい修正ではありません。お客様の反応は上々でした。「Aさんは頼りになる」という評価が、その場で生まれました。
ここまでは、何も間違っていません。Aさんの行動は、善意そのものでした。お客様のことを考えて、できることをすぐにやった。それだけです。
喜ばれた修正が、翌週の別バグとして返ってきた
ところが、Aさんが直した箇所は、他の機能とデータの持ち方や呼び出し順でつながっていました。影響範囲の洗い出しも、関係者への確認も、その場ではしていません。すぐ直せる、という技術的な自信が、確認の工程をまるごと飛ばしてしまったのです。
数日後、まったく別の機能で予期しない不具合が発生しました。原因調査には、それなりの時間がかかりました。
「あの時の修正が原因でした」と判明した瞬間の、チーム内の空気を今でも覚えています。誰も声を荒げたわけではありません。ただ、みんなが同じことを考えていました。あの修正、誰かに確認していたら防げたはずだ、と。
ここに図を挟みます。

一番困ったのは、バグそのものより「Aさんはやってくれたよ」だった
バグ自体は、原因が分かれば直せます。本当に厄介だったのは、その後でした。
お客様は不具合のことよりも、対応の速さを覚えています。マネージャや他の担当者のところに「Aさんはすぐ対応してくれた」という声が、直接届くのです。表向きは称賛でした。しかし裏では、影響範囲を確認する工程も、見積もりを取る工程も、まるごと飛ばされていました。
全体を見る立場ほど、この「良い評判」の板挟みで身動きが取れなくなります。Aさんを注意すれば、お客様のために動いた人を怒るのか、という空気になりかねません。かといって、このまま黙認すれば、次に誰かが同じことをしても止められません。
結局、Aさんの行動を止めることも、なかったことにすることもできないまま、後始末だけがチームに残りました。
ここでもう一枚、図を挟みます。

Aさんは間違っていない。だから厄介だった
ここが、今日いちばん伝えたいところです。
Aさんの動機は100パーセント、お客様のためでした。技術力も本物です。だからこそ、「やめてほしい」とは言いにくいのです。もしAさんがいい加減な仕事をしていたなら、話はずっと簡単でした。
問題は、Aさんの人柄でも技量でもありません。難易度・工数・予算を見積もる工程を、一人の判断で省略してしまったことです。「できるからやる」は、能力の証明であると同時に、チームを迂回する判断でもあります。この二つは、同じ瞬間に同時に起きます。
スタンドプレーは、下手な人間よりも、うまい人間がやるほうがずっと止めにくいものです。結果が出てしまうからです。周りが迷惑していても、「でも直ったじゃないか」の一言で片づけられてしまいます。

直せる力があるのに、それを止めるなんて、なんだかもったいない気もするよ……。

止めるんじゃないんだよ。力の使い方を、チームに合わせるだけ。それだけで、事故はだいぶ減る。
規律がないチームでは、優秀な人ほど暴走できてしまう
見積もり・影響範囲確認・承認という工程は、仕事を遅くするための手続きではありません。他の担当者と仕事を分け合うための、共通のルールです。
この規律がなければ、個人の善意と技量だけでチームが回っているように見えます。実際には、いつ誰かが同じように独断で動いてもおかしくない、綱渡りの状態です。
「仕事は一人でやっているものではない」という前提を、実は一番伝えるべきなのは、能力の低い人ではなく、優秀な人のほうなのかもしれません。
ここに図を挟みます。

もし今、あなたのチームに「Aさん」がいるなら
一つ目。「ダメ」ではなく「その場で決めない」を徹底してもらいます。お客様への回答は「持ち帰って確認します」で十分です。即答できる能力があることと、即答していい場面かどうかは、まったく別の話です。
二つ目。影響範囲の確認を、本人の判断力への信頼で省略しないことです。優秀な人ほど「自分なら分かる」と思いがちですが、結合の全体像は、一人の頭の中には収まりません。
三つ目。良い動きを称賛するときは、必ず「次からはチームに一声かけてから」とセットで伝えます。称賛だけを渡してしまうと、独断のやり方ごと正解にしてしまいます。
まとめ:優秀さは、規律とセットでチームの力になる
有能な働き者は、無能な働き者よりも見つけにくい問題を抱えています。結果を出してしまうから、規律を飛ばしたことが表に出にくいのです。
でも、仕事はいつも一人の技量では完結しません。できるからやる、ではなく、できることをチームの中でどう使うか。そこに規律が要る理由があります。

才能があるのは悪いことじゃないんだね。でも、才能があるからこそ、一人で決めない勇気もいるんだ。
よくある疑問
Q1. 優秀な担当者を注意すると、萎縮させてしまいませんか?
「やり方」ではなく「一人で決めた工程」だけを指摘すると伝わりやすくなります。結果自体は認めたうえで、次から一声かけてほしいという頼み方にすると、萎縮より納得のほうが勝ちます。
Q2. お客様の要望にその場で即答しないと、印象が悪くなりませんか?
「持ち帰って確認します」は、誠実な対応として受け取られることがほとんどです。むしろ即答して後で不具合を出すほうが、長い目で見ると信頼を損ないます。
Q3. マネージャとして、チームに規律を敷くのは息苦しくないですか?
規律は自由を縛るものではなく、個人の判断に頼らなくてもチームが同じ動き方をするための共通言語です。優秀な人が孤立して暴走しないための仕組みでもあります。


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