SESのSEに”忠誠心”を求めるのは、そもそも無理な話だった?!

IT現場あるある
おかかくん
おかかくん

常駐先のリーダーから「うちのメンバーとして頑張ってほしい」って言ってもらったんですけど、なんか素直に頷けなくて。

おにぎりさん
おにぎりさん

どこかで引っかかってる?

おかかくん
おかかくん

自分の会社には「常駐先のやり方に合わせてね」って言われてる。常駐先には「うちの人になってほしい」って言われる。どっちに向けばいいのか、わからなくなる。

おにぎりさん
おにぎりさん

その「どっちに向けばいい」っていう問い自体が、SESという仕組みから来てるんだよ。

「どこに従えばいいか」の答えが出ないのは、あなたのせいじゃない

SESのSEとして現場に入ると、多かれ少なかれ感じることがある。「自分はここに属しているのか、属していないのか」という感覚だ。

常駐先の人たちと毎日顔を合わせ、プロジェクトの話をする。でも給与を払っているのは自分の会社で、評価をするのも自分の会社だ。常駐先が「もっとコミットしてほしい」と思っても、自分の会社との関係を無視するわけにはいかない。

「忠誠心はどこに向けたらいいんだろう」と悩んだことがある人は多いはずだ。そしてたいていは、答えが出ないままうやむやになる。

たとえば、年に一度の評価面談。自分の会社の上司は、現場での働きぶりを直接見ていない。「現場ではどうだった?」と聞かれても、評価する人と評価される人の間に、現場を知らないという距離がある。一番近くで頑張りを見ているのは常駐先の人なのに、その人は評価には関わらない。この食い違いが、じわじわと「自分は誰のために働いているんだろう」という気持ちにつながっていく。

これはあなたが迷っているせいではない。仕組みそのものが、答えを出しにくくできている。

SESという仕組みが、最初から「忠誠心」と噛み合わない

SESの構造を整理すると、こうなる。

  • 雇用関係は自分の会社にある(給与・評価・キャリアを握っている)
  • 指揮命令は常駐先から出る(毎日の業務指示・ルール・職場文化)
SESのSEが自分の会社と常駐先の間で分断されている構造図

「忠誠心」とは、「この組織のために動く」という気持ちだ。だがSESのSEには、その「この組織」が2つある。どちらの声も無視できないし、どちらか一方だけを選べる構造でもない。

普通の社員であれば、雇用と指揮命令は同じ会社から来る。「誰のために動けばいいか」という問いが生まれにくい。だがSESでは、この2つが最初から分断されている。

たとえば、常駐先のチームの飲み会に誘われたとき。参加したい気持ちはあっても、自分の会社との関係とは直接つながらない。そういう場面でも「本当のところ自分はここの人間なのか」という問いが残る。

仕事の進め方でも、同じことが起きる。常駐先のやり方に合わせて動いていると、自分の会社から「うちの標準とは違う」と言われる。逆に自分の会社の流儀を通そうとすると、今度は常駐先で浮いてしまう。どちらのやり方を選んでも、もう一方から「こっちに合わせてほしい」という視線が向く。板挟みは気持ちの問題ではなく、立っている場所そのものから生まれている。

「忠誠心はどこへ?」という問いは、この分断から生まれる。構造が作り出した、避けようのない問いだ。

「やる気がない」のではなく、「向ける先がない」が正確

SESで働いていると、自分でもよくわからない感覚が生まれることがある。「なんとなく、本気になりきれない」という感覚だ。

それを「自分のモチベーションが低いのかな」と解釈してしまうSEは多い。でも実際は、モチベーションの問題ではないことがほとんどだ。

本気になるためには、「自分がどこに属しているか」という感覚が必要だ。チームのために頑張る、この会社のために貢献する、という向き先が決まっていなければ、力を注ぐ先が見えてこない。

SESの構造は、この「どこに属しているか」をあいまいにする。本気になれないのは、意欲がないのではなく、向ける先が定まらないからだ。

たとえば、現場で改善のアイデアを思いついたとき。「これを言って、もし長く関わることになったら」と一瞬考えてしまうことがある。契約がいつまで続くかわからない立場だと、長い目で動くこと自体に、どこかブレーキがかかる。これも「やる気がない」のではなく、「どこまで踏み込んでいいかわからない」という構造から来ている。

「なんか本気になれない」と感じているなら、自分を責める前に、まずそこを疑ってほしい。

受け入れるリーダーが感じる「距離感」の正体

SESのSEを受け入れるリーダー側も、似たような感覚を持つことがある。

「一緒に仕事をしているのに、なんとなく距離を感じる」「うちのメンバーとして動いてほしいのに、どこか線を引かれている気がする」

こういう感覚を「このSEはやる気がないのかな」と解釈してしまうと、関係がうまくいかなくなる。

距離感の正体は、やる気ではなく帰属感の問題だ。SESのSEは「自分がここに属しているのか」があいまいなまま働いている。だから自然と、どこかに線が生まれる。

たとえば、チームの方針を決める場で、SESのSEがあまり意見を出さないことがある。リーダーは「関心が薄いのかな」と感じるかもしれない。でも本人からすると、「自分が深く口を出していい立場なのか」がわからないことが多い。発言を控えているのは、興味がないからではなく、立ち位置がはっきりしないからだ。

おにぎりさん
おにぎりさん

「うちのメンバーとして動いてほしい」と感じるなら、相手が「うちの人」になれる文脈を先に作ることが必要かもしれない。

「なぜコミットしないんだ」と問い詰めることより、「この人がここに属しているという実感を育てること」に時間を使った方が、関係は変わってくる。

構造の問題と知った上で、今日からできること

SE側とリーダー側それぞれにできること・できないことの比較

忠誠心を求める構造自体は、すぐには変わらない。だが、構造の問題だと知った上でできることはある。

SEとして現場に入っている人へ

「どちらの会社に忠誠を向けるか」ではなく、「目の前の仕事に誠実であるか」を基準にする。帰属感がなくても、仕事の質は自分でコントロールできる。「どこに属しているか」があいまいなままでも、「今日の仕事はきちんとできたか」という問いに答えることはできる。

具体的には、引き継ぎの資料を丁寧に残す、わからないことはその場で確認する、約束した期限を守る。当たり前のことばかりだが、こうした積み重ねは、どの現場に移っても自分の財産になる。会社への気持ちが定まらなくても、仕事への誠実さは持ち運べる。

SESを受け入れているリーダーへ

「うちの人」として扱うことより、「一緒に何かを作る経験」を積むことを優先する。プロジェクトの一部を任せる、成果を一緒に振り返る、そういう経験が「ここに属している」という実感を少しずつ育てる。

たとえば、設計の一部をまるごと任せてみる。完成したら「ここの判断、助かった」と具体的に伝える。「自分の判断がチームの成果になった」という実感が積み重なると、人は自然とその場所に愛着を持つ。忠誠心は、命令して引き出すものではなく、経験の中で育っていく。

忠誠心は求めるものではなく、育つものだ。

おかかくん
おかかくん

忠誠心を問われてたんじゃなくて、向ける先がなかっただけか。

おにぎりさん
おにぎりさん

そう。あなたが変わらないといけないわけじゃなくて、仕組みがそういうふうにできてた、っていうだけの話。

おかかくん
おかかくん

なんか少し、楽になった気がします。

おにぎりさん
おにぎりさん

それでいい。構造の問題を個人の問題だと思い込まなくなるだけで、だいぶ変わるよ。

おわりに

SESという働き方は、これからも当たり前に続いていく。だからこそ「忠誠心がどこにあるか」を問うより、「この構造の中で、自分は何ができるか」に目を向けたほうがいい。SE本人も、受け入れるリーダーも、構造を恨むのではなく、その上で何を積み上げるかを考えられたら、関係はずっと楽になる。

忠誠心は、どこかに向けて差し出すものではない。日々の仕事のなかで、少しずつ育っていくものだ。向ける先がないことを責める必要はないし、向けてもらえないことを嘆く必要もない。まずはそのことを知っておくだけで、肩の力が抜けるはずだ。

SESの現場で「自分はどこに属しているんだろう」と感じた経験、どう折り合いをつけたか。あればコメントで教えてほしいです。

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